スポンサードリンク

茨城放送の歴史

茨城放送は1963年に日本で最後のAM局としてスタートしました。放送対象地域は茨城県内全域ですが、実際には県北地区の北茨城市以北や鹿嶋市以南では良く聞こえません。県南地区でもつくば市筑波地区の西部や常総市などでは、昼間でも聴きづらくなる所が見受けられます。ただ、中波の特性上夜間は電波の届く範囲が広くなりますので、県外の聴取者からリクエストなどのメッセージが寄せられることもありますが、それは関東地方や東海地方でも聴取可能な場所があり、その視聴者が応援してくれているからだと思います。
また、地元紙の茨城新聞は全国紙の朝日新聞とつながりがとても深く、朝日新聞は大株主であり、社長を迎えている状態です。開局当初は独立のラジオ局でしたが、2001年には文化放送とニッポン放送をキー局とするNRNに加盟し、現在に至っています。ひところは、茨城全域のテレビ局も目指していましたが、バブル崩壊や資金不足により、又、予測の付かない不況のために断念しました。

茨城放送の作品

茨城放送は長寿番組として、誕生日をメッセージとリクエスト音楽で祝うお誕生日おめでとうが有名で、、独自色豊かな番組を放送しています。又、人気番組として、千波にデゴイチが展示されていますが、SLが走っていた時代はどのような時代だったのか、このSLがどういう時代を走っていて、どういう理由でここに来たのか。今でも千波に置いてあるSLの掃除を年二回やっている、その掃除に当たっていた人が、元機関士とか、そのような人々に話を聞いて、戦前戦中戦後、高度成長期はどのような時代だったのか、ちょっと探訪してみようと考え、作品として改めて千波のデゴイチはどういうものだったのか、と振り返えれるものになれる放送にしたい、との発送で出来上がりました。
県民に馴染みのあるテーマで、大変親しみのもてる番組だと思います。二つ目に元機関士と駅員の回想が大変面白く、それぞれ個性のあるお話で大変面白い内容で一般の方にも好意で受け取られました。

スポンサードリンク

茨城放送の今後

現在茨城放送では、生放送中のスタジオ見学も可能であり、平日だけですが9時から17時までの時間帯で観覧ができます。今、茨城では東京の5つの民放キー局が受信できますが、茨城県のみを放送エリアとする地元放送局がありません。2004年にNHKがデジタル放送を開始しましたが、まだ茨城全県では受信出来ない所があります。茨城県を放送エリアとする放送局はラジオ局の茨城放送しかありませんので、茨城県にも民放のローカルテレビ局を作ろう。と言う声が地元からあがりました。
今現在、茨城放送は、番組タイトルは洗練されていないだけならまだしも、明らかに他局の流用としか思えないなど、放送センスは最悪と言わざるを得ない状態にあると言われていますので、草の根運動が繰り広げられたことがありました。しかしテレビ局を作るには莫大な資金が必要です。いくら県民が望んでも、資金的な話から議員を含め県民の賛同が無ければ開局には至りません。茨城の場合、県民の要望はかなりあったのですが、テレビ局の開局には至っておりません。茨城放送は2001年にNRN加盟して、ニッポン放送や文化放送の製作番組を同時ネットするようになり、現在は夜の自社製作の番組は少なくなっています。そういった茨城放送の方針から地元住民から雑誌の投書でかなり多数の批判がありました。

Copyright © 2007 茨城放送の楽しみ方。